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Ⅱ 労働問題-普通解雇
普通解雇とは、傷病による勤務不能、勤務成績不良、協調性の欠如などの理由で労働契約の履行をできない場合にされる解雇です。
目次
1.普通解雇の要件
普通解雇を行うための要件には以下のものがあります。
(1)就業規則等に根拠となる定めがあること
解雇事由は、労働基準法上、就業規則に必ず記載しなければならない絶対的必要記載事項です(労働基準法89条3号)。
解雇事由としては、たとえば、「健康状態が業務の遂行に耐えられないとき」「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等、就業に適さないと認められたとき」などがあります。
通常列挙された事項の最後には、「その他前各号に準ずるやむを得ない事情があったとき」と包括的な条項が記載されています。
(2)解雇予告あるいは解雇予告手当の支払いをすること
労働基準法では、労働者を解雇する場合は、使用者が、30日前までに解雇の予告をするか、30日前までに予告をしない場合は、平均賃金の30日分以上の解雇予告手当を支払わなければならないとされています(労働基準法20条)。
(3)法令上の解雇制限に違反しないこと
各種法令において、以下の場合に該当する解雇は禁止されています。
・労働者の国籍、信条、社会的身分を理由とする解雇
・産前産後の休業中・業務上災害による療養中の解雇
・労働者が労働基準監督機関に申告したことを理由とする解雇
・労働組合員であることや組合活動をしたこと等を理由とする不当労働行為としての解雇
・女性であることや女性が結婚、妊娠、出産、産前産後休業を取得したことを理由とする解雇
・育児休業・介護休業等の申出・利用を理由とする解雇
(4)解雇権濫用にあたらないこと
労働契約法では、使用者の解雇権について、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」として、解雇権濫用を規制しています(労働契約法16条)。
したがって、普通解雇が有効となるためには、客観的合理的理由があり、社会通念上相当であると認められる場合でなければなりません。
前述したように、就業規則には、「勤務成績又は業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない等、就業に適さないと認められたとき」等の文言があることが多いのですがが、客観的に合理的な理由と社会通念上相当であるかどうかという点から、それ解雇が制限を受けているのです。
勤務成績不良等を理由とした解雇が有効か否かについては、実際には、勤務成績不良の程度、原因、改善の余地はあるか、企業による指導・教育等が十分になされたか、配置転換等解雇を回避する措置を尽くしたか等、個別具体的な事情を検討して判断されることになります。
2.裁判例
勤務成績不良、能力不足を理由とする解雇が問題となった裁判例には以下のものがあります。
(1)普通解雇を無効とした裁判例
・セガ・エンタープライゼス事件(東京地決 平成11年10月15日)
大学院卒の従業員に関し、会社の主張によれば、上司からの注意や顧客からの苦情が多く、勤務成績が悪い、仕事に対する積極性がない、協調性がない等の理由から、解雇した事案です。
裁判所は、従業員として平均的な水準に達していなかったことは認定したものの、それだけでは不十分であり、著しく労働能率が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければ解雇はできないとしました。
そして、人事考課は相対評価であって絶対評価ではないから、その評価が低いからといって直ちに労働能力が著しく劣り、向上の見込みがないとまでいうことはできず、会社としては当該従業員に対し、さらに体系的な教育、指導を実施することによって、その労働効率の向上を図る余地もあるとして、解雇を無効としました。
・エース損害保険事件(東京地決 平成13年8月10日)
長期雇用してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇した事案です。
裁判所は、長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり金属してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は、労働者に不利益が大きいこと、それまで長期間勤務を継続してきたという実績に照らして、それが単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されないなど今後の改善の見込みもないこと、使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきであるとして、本件の解雇は解雇権濫用にあたり無効としました。
(2)普通解雇を有効とした裁判例
三井リース事件(東京地決 平成6年11月10日)
従業員の能力不足、組織不適応、労働意欲の欠如等を理由に解雇した事案です。
裁判所は、労働者の能力・適性不足が著しいことを具体的事実に基づき認定し、会社は何度も労働者を配置転換させたのみならず、労働者の能力・適性を調査するため、約3か月間、日常業務を免除し、研修等の機会も与えるなどの措置もとっていることから、解雇を有効としました。
以上見てきてわかるように、普通解雇はかなり厳しい条件の下で初めて有効とされる傾向があります。企業としては、単に能力不足であるだけでは解雇は無効となってしまうので、必要な教育や指導を行い、それでも改善が全く見られない等の場合に初めて、普通解雇が可能となるものであることを肝に銘じておくべきだと思います。
監修者
植田 統
1981年、東京大学法学部卒業後、東京銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。
ダートマス大学MBAコース留学後、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンで経営戦略コンサルティングを担当。
野村アセットマネジメントで資産運用業務を経験し、投資信託協会で専門委員会委員長を歴任。
レクシスネクシス・ジャパン株式会社の社長を務め、経営計画立案・実行、人材マネジメント、取引先開拓を行う。
アリックスパートナーズでライブドア、JAL等の再生案件、一部上場企業の粉飾決算事件等を担当。
2010年弁護士登録後、南青山M's法律会計事務所に参画。2014年に青山東京法律事務所を開設。2018年、税理士登録。
現在、名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論を講義。数社の社外取締役、監査役も務める。