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事業承継・M&A(Ⅲ)-事業承継税制
中小企業の経営者の高齢化が進んでおり、その事業をいかに承継させ、継続していくかは、日本経済にとっても由々しき問題です。こうした状況を解決するために2008年10月に施工されたのが経営承継円滑化法です。これに基づき、特例税制が定められ、それを事業承継税制と呼んでいます。
多少面倒くさいところがありますが、うまく利用すれば大きなメリットがある制度ですので、自社に利用できるかどうかをよく考えておきましょう。
目次
Ⅰ 事業承継税制のメリット
事業承継税制とは、自社株式や事業用資産にかかる贈与税・相続税を猶予し、最終的に免除する制度です。2018年度の税制改正で創設された法人版事業承継税制の特例措置では、自社株式にかかる贈与税・相続税を100%猶予・免除することが可能となりました。
法人版事業承継税制の特例措置(以下「特例措置」といいます。)の適用を受けるためには、まずは提出期限(2026年3月末)が迫る「特例承継計画」の策定が必要です。「特例承継計画」とは、後継者候補や承継時までの経営見通し、承継後5年間の事業計画などを簡易に記載した計画書のことを言います。特例承継計画を有効にするためには、都道府県知事の確認を受ける必要があり、確認を受けるためには23年3月末までに提出しなければなりません。
経営者の中には後継者を決めかねている方もおられると思いますが、特例承継計画では3人まで後継者候補を記載できます。期限内に提出をしていれば、期限後に後継者候補を変更することもできます。また、特例承継計画の提出後、結果的に事業承継を行わなかった場合でも、ペナルティーや報告義務などはありません。
なお、2020年度の経営承継円滑化法省令改正では、合併などの組織再編があった場合における特例承継計画の確認効果の引継規定を創設しています。特例承継計画の確認を受けた会社が、他社に吸収合併されて消滅した場合でも、一定の要件を満たすときは、他社が特例承継計画の確認を受けたものとみなされます。
2021年度税制改正では、特例承継計画の確認を受けた場合には、実務上問題とされていた「相続直前における後継者の役員就任要件」を除外することが認められました。
このように、特例承継計画の提出はメリットこそあれ、デメリットはありませんので、事業承継を検討中の経営者には、使い勝手のよい制度となっています。
Ⅱ 事業承継税制適用のデメリット
(1) 報告忘れによる取消リスク
事業承継税制では、適用後、免除事由に該当するまでは、税務署等に報告義務(当初5年間は毎年、都道府県と税務署に、6年目以後は3年に1回税務署への報告義務があります)があり、法令上は報告期限を過ぎた場合には、取消事由に該当することになります。
税務署長がやむを得ないと認める場合に期限後の提出を認める規定(宥恕規定)も講じられていますが、天災など他律的な場合にのみ認められ、単純失念等の場合は対象外と解されています。
税務署は提出期限の3カ月前に報告期限についての「お知らせ」を通知してくれるので、「事業承継税制適用後の報告忘れによる取消リスク」については、過度に心配する必要はないという説もありますが、なかなか税理士が引き受けてくれないという実態があります。
(2) 取り消しになった場合の納税リスク
免除を受ける前に猶予が取り消しになった場合の納税リスクがあります。
事業承継税制を適用し、猶予が取り消されたからといって、もともと納税すべき贈与税・相続税を納めるだけで、税額(本税)が増えるわけではありませんが、納税が猶予されていた期間に対する期限の利益に対し、利息に相当する利子税を支払う必要がありますが、その利率は0.4%程度と非常に低いものとなっています。
しかし、申告業務を担当する税理士は、こうした事態になると、クライアントから賠償責任を追及されることになるので、引き受けるのを嫌がることになります。
Ⅲ 経営環境悪化による減免措置
特例措置には、経営環境の悪化による減免措置も講じられており、例えば、業績が傾き、第三者にM&Aや解散などをした場合には、猶予されていた贈与税・相続税の減免を受けられます。他方、事業承継税制の適用を受けず承継時に納税をした場合は、その後会社が無くなっても、払った贈与税・相続税の減免(還付)は受けられませんので、この点でも大きなメリットがあります。
Ⅳ 会社法特例による株式買い取り
中小企業は少数の株主が株式を保有している場合が多く、各株主の議決権割合が高い傾向があります。このため、所在が不明となっている株主(所在不明株主)がいる場合、事業承継、特にM&A等の第三者承継の障害になることがあります。
会社法上、株式会社において所在不明株主がいる場合は、強制的に保有株式の買取り等を行うことが認められていますが、当該所在不明株主への通知・催告が5年以上継続して到達せず、かつ、当該所在不明株主が5年間継続して配当を受領していない(配当の支給がない場合も含まれます)場合に限られます。
そこで、2021年6月に経営承継円滑化法の改正が行われ、一定以上の割合で所在不明株主がいる株式会社が、都道府県知事の認定を受けた上で、一定の手続保障を行った場合は、会社法における5年を1年に短縮する特例措置(会社法特例)が創設され、同年8月2日に施行されました。
認定を受けるには、中小企業者である株式会社が以下の2要件をいずれも満たす必要があります。
① 経営困難要件
代表者が年齢、健康状態、その他の事情により、継続的かつ安定的に経営を行うことが困難で、事業活動の継続に支障が生じていること。例えば、代表者の年齢が60歳超、代表者の健康状態が日常業務に支障を来している、外部環境の急激な変化(新型コロナウイルス感染症も含む)による突然の業績悪化などの場合です。
② 円滑承継困難要件
一定数の株主が所在不明のため、後継者への円滑な承継が困難であること。「一定数」とは、所在不明株主が有する議決権数のことで、後継者の有無及び事業承継の手法等に応じ、別途その割合が定められています。
上記の要件を満たし、都道府県知事の認定を受けた後は、手続保障として会社法特例における異議申述手続と会社法198条1項における異議申述手続を経て、どちらの異議申述手続にも異議がなければ裁判所に申し立て、許可を受けることで、本来5年だった手続きの期間を1年に短縮し、所在不明株主から買取り等が行えます。
このように、経営承継円滑化法は、事業承継税制だけでなく、会社法特例等幅広い支援策を講じており、上手に活用すれば、経営(事業)の承継を円滑に行えるというメリットがあります。
Ⅴ 事業承継・M&Aのご相談は青山東京法律事務所へ
青山東京法律事務所では、顧問先のクライアントから事業承継やM&Aについて多数の相談を受けています。
クライアントの皆さんにとっては、事業承継もM&Aも初めての経験ですので、全体像を理解していただくところから始め、その具体的方法論や各方法のメリット・デメリットについても、丁寧にご説明させていただいています。
事業承継、M&Aは、経営戦略そのものですので、代表の植田弁護士の持つ経営コンサルタントとしての経験に基づくアドバイスも高く評価されています。
事業承継、M&Aを考えている方は、是非青山東京法律事務所へご相談ください。
監修者
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植田 統 弁護士(第一東京弁護士会)
東京大学法学部卒業、ダートマス大学MBA、成蹊大学法務博士
東京銀行(現三菱UFJ銀行)で融資業務を担当。米国の経営コンサルティング会社のブーズ・アレン・アンド・ハミルトンで経営戦略コンサルタント。
野村アセットマネジメントでは総合企画室にて、投資信託協会で専門委員会委員長を歴任。その後、レクシスネクシス・ジャパン株式会社の日本支社長。
米国の事業再生コンサルティング会社であるアリックスパートナーズでは、ライブドア、JAL等の再生案件を担当。
2010年弁護士登録。南青山M's法律会計事務所を経て、2014年に青山東京法律事務所を開設。2018年、税理士登録。
現在、名古屋商科大学経営大学院(MBA)教授として企業再生論、経営戦略論の講義を行う他、Jトラスト株式会社(東証スタンダード市場)等数社の監査役も務める。